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空を見上げながら・・・晴れの日も雨の日も

今日も必ず「その日の天使」がやってくる・・・

何と、20年物でした!

取れた詰め物の銀歯持って、ようやく歯科に行ってきました。

「詰め物の下の歯は少し変色しているところがあるので、この先虫歯にならないよう念のため少し削って、新しいのを詰めましょう、カルテ調べてみたら、何とこの銀歯20年経ってます!」と先生ビックリしてはりました(〃▽〃)

そんなに?とも思ったけど、大津に引っ越してきてすぐ歯を治してからず~っと同じ歯医者に通ってるんだもの。。。それより、もう20年もここに住んでることに感慨深いものがありました引っ越しが多い人生なんで、一所に住んだ場所としては今や実家より長くなってしまいました・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

20年ていうけど、あっという間に感じられるんですよ。この感じやと後20年も早いんやろうな・・・これは焦る歯だけじゃなくて、これからはあちこちガタガタしてくるというか、もう始まってるともいうけど。

実は歯の詰め物は、銀歯じゃなくて見た目のいいセラミックのに換えたいんですが、調べたらもの凄くお高いのですよ((´・ω・`;))宣伝文句は
『銀歯は一般的に、3~5年が寿命とされたますが、セラミックでもオールセラミックですと寿命10~20年となります』ってパンフレットに書いてましたけど、私の銀歯は20年ももってしまってる ミルキーに謝らなあかんレベルでした(笑)

この歯医者さんへは半年ごとにずっと歯石とりに通ってますが、歯科衛生士の方が磨き方にメチャ厳しいですよ(°_°)いまだに褒められたことないし。。。でもそのおかげで長いこと虫歯出来てなくて、歯槽膿漏にもならずに済んでます(o‘∀‘o)*:◦♪

やっぱりしっかり歯磨きしてると、銀歯でもそれなりにもつって事でしょう!最近の医学では、老化防止=残ってる歯の数 と言われてますから、厳しい歯磨き指導に感謝しないといけないですね。

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去年の今頃、今の状況は想像もしてなかったな

昨年末から久しぶりに須賀敦子さんの全集を読み返しているのですが、須賀さんが住んでおられたミラノやベネチアに関する文章が好きで、やっぱり行きたいなあ……などとのんきに思っていたら、コロナウィルスのパニックがいつの間にかイタリアに広まって、とどまるところをを知らないようです。

先月末にはイタリアの感染者が282人だったのが、今日は12、462人  80、000人以上の感染者がいるぶっちぎりの中国には及ばないものの、もう世界2位の感染者が出てしまってます!なんてこと。。。須賀さんも天国で心を痛めておられることでしょう。

中国も韓国もイタリアも殺到する感染者に病院が対応できず医療崩壊に陥っているのが問題になっています。日本も頑張ってはいるものの、今日の感染者は620人です 何とか踏ん張ってほしい

考えてみれは日本は天災大国です。地震やら津波やら台風やら次から次へと襲われてる国です。なかでも阪神大震災の時、怪我人が病院に殺到して、電気も医療用品も充分でない中、医療関係者が必死に順番に治療したところ、待っていた重病患者が次々亡くなってしまい、「救えたはずの命を救えなかった」という深い苦しみになり、それ以来重症患者をどう救うか?という観点から日本でも「トリアージ」・・・患者さんの選別を行うということが一般的になってきました。

今回も専門の医療機関での診察を望んでいる方は多いです。でも専門医療機関のキャパを超えないようまずコロナウィルスで肺炎に感染している患者の治療とその周辺者の検査が中心で、感染が疑われる病人が後回しにされるというジレンマもあるようですが、医療崩壊が起こること無く、命最優先でどうか感染が収まっていくよう祈らずにはおれません

それにしても去年の今頃、私ははスペイン旅行の直前でウキウキしておりました:(´◦ω◦`):今日のスペインの感染者2、128人でフランスに続いて第6位です!あの頃の私には想像も出来なかった事でございます(ノ_<) 

昔の大事と今の大事

昨年末に掃除をした時、長い間大事に残してきた書類を引っ張り出したら案の定、要らないものだらけでちょっと笑えてしまった。
保険の証書はだいぶ前に解約してるし、車の保険も何年も前に会社変えてるのに、何で取っとくかなあ。

メインの銀行の通帳も、繰り越した古いのをずっと前から残してきたけど、一回も見返してないことに気がついて捨てました(´・Д・)」
それからは、勢いが出てきてもう聞くこともないCDとか、家族の葬儀関係の書類もだいぶ処分しました。大事な記録も思い出として心にあれば、資料としてはもう要らんと思えてきたので。

そういえば以前の会社の先輩が、身内の方を亡くされた悲しみがなかなか癒えないと、涙をハンカチでおさえながら話をされてたことがあって、「身内を亡くしても全然泣かない人は信じられない!」と言われてたのを思いだします。でも泣いてる人が情が深くて、泣かない人は非情とは限らんでしょう?人前で泣けない私からすると悲しくても泣かない人も、悲しみが深いからこそ外には表さず、事務的に対処してしまう方もいると思うんですけどね。なんか話が脱線しましたが、年取ると価値観がどんどん変わってしまい、大切な物も変わるということをあらためて実感してます。

母が亡くなった時、姉と実家の片づけをした時に、父親の字で「重要書類」と書かれた小箱が出てきて、何事かと開けてみたら、ナント「グリコ森永事件」(※34年くらい前にあった企業脅迫事件)の新聞の切り抜き記事が入ってたのは衝撃でしたけど(笑)

ついでに、昨年10月末から突然屋根裏をネズミがガタガタする音がしはじめて、その後11月の初めと12月の中頃に音がして心配してたらその後又静かになってる件ですが、友達からの耳より情報によるとネズミは大国主命のメッセージを運ぶとされてるんですって!
なんのメッセージやったのかな?大国主命といえば縁結びやったりして+゚。*(*´∀`*)*。゚+まあ無いか(笑)

のんびりしたお正月に箱根駅伝を見る


      
       明けましておめでとうございます

       令和2年、今年もどうぞよろしくお願いいたします



       餅

年末にゴーン被告がレバノンにgoneしちゃっいましたが(笑)それ以外は比較的大きな事件も無かったし、私はのんびりした新年を過ごしました。
昨日今日と箱根駅伝を見ましが、昔からなんでこんな過酷なコースで始めることにしたんだろう?って思ってましたが、ドラマの「いだてん」で、金栗四三が開催に関わってたことを知って妙に納得してしまいました(´∀`*)

明治時代に日本代表で初めてストックホルムオリンピックに出た金栗四三と三島弥彦のエピソードや、天狗倶楽部なんてのがあった事、なにより柔道家の狩野治五郎という人が東洋初のIOC委員になっていて、世界的に尊敬されてたことなんて全然知らなかったので、面白かったな。四三氏の武骨さに中村勘九郎さんがはまってたし、田畑政治役の阿部サダヲの熱演ぶりも凄かったし(〃▽〃)私は楽しんで見てました。

明治時代のオリンピックは選手のコンディションなんてまったく考慮されてなく、現地の情報も知らされず自分で必死で渡航費用を集めて、20日もかけてシベリアから現地入りした四三氏は、40℃を超える温度の中疲れたまま走り出し、熱射病で倒れて、近くの農家で介抱されていて、気がついた時にはもう競技が終わってたんですよねマラソン中消えた日本人の話は地元のスウェーデンではしばらく語り草になったらしいです。

1967年、スウェーデンでオリンピック55周年の式典があった時、「競技中失踪」の扱いのままだったことに気がついた委員会が四三氏を招待して、会場を一周させゴールさせることにして「54年8カ月6日5時間32分20秒3、これをもって第五回ストックホルムオリンピック大会の全日程を終了します」とアナウンスするという粋な計らいがあったそうです素敵ですね!

最終回で、ストックホルムで半世紀ぶりにオリンピックのテープを切った金栗四三さんの実際の映像が流れたのも泣けました。

四三氏は、自身が三回オリンピックに出られたものの、充分な結果が残せなかったことで当時かなり叩かれてます。その後はスポーツの人材を育てることに心血を注がれたので、過酷な箱根駅伝もその一環だったのでしょうね。


で、今年はオリンピックイヤー!私の願望としては、開会式の最終聖火ランナーはオリンピックの草分けである四三役やらはった中村勘九郎さんに役の恰好で走って頂きたいんですけどね。結果的に、ドラマは視聴率が悪いまま終わったので無理やろうなぁ。。。

脚本が宮藤官九郎でテンポがめちゃ速いし、役者のスキャンダルも重なったし、裏でやってた「ほつんと一軒家」が凄い人気番組になったりで、つくづく運がなかった感じで盛り上がらず、残念無念なんですよね(゚´Д`゚)゚。

令和元年も終わる

もうすぐ今年も終わりですね!みなさまはどんな一年を過ごされたのでしょか?
私自身は年号が令和になるって決まった頃には、特に変化を望んでいなかったのに、年号が変わった途端、自分でもびっくりするくらい変化の多い一年となりました。

感動したのは4月にスペイン旅行に行った事、いつか行きたいと思っていたので思い切って行けてぐるっとスペインを周って密度のこい旅ができました ところがです、結構忙しい中出かけたので、帰ってから疲れが出てしまって、自宅で転んで肋骨4本骨折!!人生初の骨折でございました。。。しかも忙しくて病院にも行けず、何でこんなに痛いのかな?なんて呑気に考えてたら骨折ですから私も色々考えまして、こんな忙しいのはアカンやろということで、休養生活に入り、そのまま仕事辞めることになりました|ω・`)

結局転職することになり、仕事の環境は良くなったのでこれは結果オーライかな?ただお年のせいで、慣れるまでは大変で焦って捻挫なんかしちゃったりと、何かと怪我の多い一年でした。

でも昨年東京行った息子のR君が、バイト生活を無事卒業して就職できたのが親バカだけどかなり嬉しくて、自分の痛みなんてどおって事無いのですよ。ホントにこれが一番嬉しい事でした

それから、前に参加してたゴスペルのグループの昔の仲間に連絡もらって聞きに行ったり、銀行時代の同窓会に出かけたり、昔お世話になった鈴木秀子先生の講演会に行って昔の仲間と再会できたりと過去を振り返ることが多い一年でもありました。

長年の友人で、実家から大学を卒業するまで通って、そのまま就職して、結婚してからもずっと実家の近くに住んでる子がいるけど、私ときたら引っ越しばっかりで、仕事も結構変わったし、趣味も次々変わるしで仲いい割には正反対の人生を歩んでます。

もちろん私は生まれた実家が山の中で、学生時代引っ越しは必須で、結婚しても転勤族やったし、旦那亡くなってそれなりに環境の変化があったのも確かなんだけど、基本的に変化が嫌というより、ひと処に留まるという事がどうも苦手で、ふらふら居場所を変える遊牧民的な気質に寄る所が大きいと今年悟りました これは大好きな須賀敦子さんの小説を全集読み返して「ノマッド、放浪者」という言葉を知り「これって私の事やん!」と、妙に腑に落ちた一年でもありました(笑)

来年はどんな一年になるのでしょうか?台風、地震など天変地異も心配ですが、オリンピックイヤーでもありますね。私は少しは落ち着いた一年になるのかな?

今年もとりとめの無い日々のバカ話を覗いてくださって、ありがとうございました+゚。*(*´∀`*)*。゚+
みなさま、よいお年をお迎えくださいませ。