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空を見上げながら・・・晴れの日も雨の日も

〜今日も必ず「その日の天使」がやってくる・・・〜
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まさかの西行法師

あまり視聴率はよくないようですが、NHK大河ドラマ「平清盛」毎週見てます。

ただあんまり興味のある時代じゃないので…というか元々日本史に疎いので、熱心に見てる感じじゃなくて、ただ画面眺めてる感じです。

松山ケンイチ演じる平清盛は、自由奔放な反逆児という感じで、藤木直人演じる、同じ北面武士で平清盛の親友の佐藤義清(さとう のりきよ)は、対照的に一流の武士として描かれてました。

歌がうまくて流鏑馬(やぶさめ)の名手、政界での信頼もあつく、容姿端麗でモテモテ(実際に北面に採用されには、容姿も重要だったそうです)まさに華やかな将来が約束されてる人物って感じでした。

ところが前回の佐藤義清は崇徳帝の苦悩を心配しているのかと思っていたら、その母の壇れい演じる璋子にどんどん思いを募らせ近づいて、なかば強引に関係をもってしまいました

「あれ~」と思ってたら、今回は璋子の心がまだ鳥羽院にあることに激怒して首を絞めるという暴挙にでて、平清盛が慌てて止め、なんとかその場を離れることができたものの、内大臣に呼び出されて鳥羽院の前で所業をとがめられます。意外にも璋子の夫である鳥羽院は「璋子が誰と何をしようが、自分は何も感じない」と言い放ち。。。

館に戻った佐藤義清は満開の桜の下、自分の無力に絶望。そこに妻と娘が駆け寄り、幼い娘から手渡された桜の花びらを微笑みながら眺めている…と思ったら次の瞬間、鬼のような形相で自分の娘を蹴落として去っていく佐藤義清…どうしたの義清と唖然としてると、駆けつけた平清盛に「出家する」と告げました。清盛が必死で止めますが決意は変わらずその場で髷を切り落としてしまいます。そのシーンが結構長くてずーっと桜吹雪が舞っています。

「何不自由無いエリート武士からのまさかの転落!なんなのこの展開佐藤義清って一体何者」と思ってたら、なんとのちの西行とのナレーションが。。。

私にとって西行と言えば、「願わくば花の下にて春死なむ…」の歌です。

へぇ~あの大歌人、西行法師??なんかイメージ違う
名門の武士の出で、しかも平清盛と同い年のイケメンの同僚だったなんてまったく知らなかった!ドラマの最後のシーンで桜が舞い散ってたのはそういう意味があったのか!

出家した時、佐藤義清二十二歳の若さ!

テレビではあまりに唐突に一時の感情で出家したような感じでしたが、出家の理由は諸説あって
友人の死に無情を悟った説
仏に救済を求める心説
政争への失望説
自身の性格の脆さの克服説
申すも怖れある、さる高貴な女性(これが今回の待賢門院璋子)への失恋説等。
テレビでは失恋説だけみたいでしたが、いくらなんでも理由はいくつかが重なってると思いますけど。

テレビでは家を出た時、我が子を蹴落としたありえない冷血な男でしたが、実際には出家に際し弟に妻子のことを頼んでいたそうです。出家の後もずっと妻子の事を見守り続けたという話も残っていて,ホッなんか西行っぽい。

しかも大寺院に出家したのではなく、地位や名誉を求めず、ただ山里の庵で自分と向かい合って和歌を詠み続けた生き方は当時の義清の地位では、かなりの異例の決断だったようです。


「いつの間に長き眠りの夢覚めて、驚くことのあらんとすらむ」
(いつになれば長い迷いから覚めて、万事に不動の心を持つことができるだろう)

「花に染む心のいかで残りけん 捨て果ててきと思ふわが身に」
(この世への執着を全て捨ててきたはずなのに、なぜこんなにも桜の花に心うばわれるのだろう)

ずっと煩悩に苦しんで、迷いや心の弱さに向き合った西行の歌は人間味に溢れています。

つかの間咲き誇る桜はやっぱり日本人の心に響きますねぇ~あ~ぁ、はやく桜咲かないかなあ







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