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諸人こぞりて

体調崩して入院していた母が、9月27日に永眠いたしました。。。

まだまだバタバタしていて気がついたらもう一週間!入院してからはしゃべるのが大変そうでしたが、意識は最後まではっきりしていました。入院していることを親戚に知らせるかどうか迷ったんですが(母は別に知らせる必要は無いと言っていたので)姉と相談して、ごく親しい方のみ、お見舞いに来ていただきました。皆さんそれぞれ、母と最後のお別れをしていただくことが出来て、ほんとによかったと思います

看護師助産婦養護教諭と医療関係でずっと働いてきた母は、自分の死期も自覚していて、元気だった6月には姉に11月の誕生日までは生きられないような気がすると言ってたそうです。

7月末には段々食事を食べられなくなり、9月にはガクンと弱ってしまい「9月21日にはもういないかも・・・」と言ってたようですが、最後は病院へという強い希望で入院して、1週間で亡くなりました。長患いが大嫌いだった母らしい、見事な最後でした

母は祖父や父を始め、ホントにたくさんの方の最後を看取ってきたので、私にはみんなが守ってくれたような気がします。

まだ姉のところで世話になっていた時、暖かいお湯で絞ったタオルで母の体を拭いてあげたら、「ありがとう!さっぱりしたわ~」と言ってくれて、何だか愛おしい気持ちでいっぱいになり
「私ね~お母ちゃんの娘に生まれてホンマに良かった!!幸せやったと思ってるねん」と言うと、母はなんだか照れたような表情で「私も、いい娘を二人も持てて、幸せ者やわ」と言ってくれました。この時母への気持ちを伝えることが出来て、ホッとしたのを覚えてます。

私が物心つく頃には、母はもう教師としてバリバリ働いていて、いつ寝るんやろう?と不思議に思うくらい、いつも忙しくしていました。そのため子供心に、「母に負担をかけないように、しなくては・・・」と務めて元気で明るく振舞ってました気がします(;゜0゜)その分祖父に甘えてバランス取ってたのかも。。。

忙しい中でも、母は精一杯愛情を注いでくれました!リカちゃん人形のドレスも作ってくれたし、手作りのおやつも作ってくれました。子守歌もたくさん歌ってくれたけど、母の歌は高音が微妙にズレるんですクリスマスに「もろびとこぞりて」を高音外しながら歌ってくれた姿が目に浮かびます、今はただただ懐かしい思い出です(;д;)

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2 Comments

まっとし says..."いつくしみ深き・・"
こんばんは

お母さん
残念な事でしたね
死に様は生き様だと言われますが
お母さんは常に凛として
生きてこられた方なんでしょう
最期も凛としていたのだろうと推察します

諸人ごぞりて・・
きっとそうお母さんを出迎えてくれた人が
いるように思います
生前どんなに尽くしても
肉親や親しい人が亡くなると
大なり小なり後悔と言うものは
残るようです

僕はお母さんのこれからの旅のともがらに
いつくしみ深き・・を歌い届けようと思います
SORAさん
どうかお疲れがでませんように

2016.10.07 23:21 | URL | #G3xv5MFg [edit]
sora says..."ありがとうございます"
暖かいコメントいただきうれしいです!

確かまっとしさんも、もうお母さま亡くされてたんですよね。。。母親っていつも守ってくれようとする有難い存在なのに、あまりにも身近すぎて自分の一部みたいに思い込んでたんですが、亡くなってはじめて、母が私以外の人にとっても愛され大切に思われてきたんだなぁとあらためて思います。そして今やっと母の全体像が見えてきたように感じています。

亡くなる少し前に母が「死んだ時は、若くて亡くなったお母さんに天国から迎えに来てもらいたい」と言っていたので、少し驚きました!母も又一人の娘だったんだなぁと気づかされた瞬間でした。
2016.10.08 08:46 | URL | #4IjGZxZ. [edit]

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