受容の5段階
「受容の5段階」エリザベス・キューブラー=ロス
第一段階「否認」 「これは何かの間違いに違いない」
「自分に限ってこんなことが起こるはずがない」
否定することで、自分を守ろうとします。
予期せぬショックな事態に、衝撃をまともに
受けないために否認という心理状態になります。
第二段階「怒り」 「なぜ私がこんな目に合うのだ!」
「一体、自分が何をしたというんだ!」
「死」という現実を認めざるを得なくなると
怒りが沸き起こり、周囲への八つ当たりなどが出ることもあります
第三段階「取引」 「なんとか良い人間になるから助けて下さい」
「何でもするから、死は避けたい」
十分な怒りを体験すると、何か(例えば神)と
取引しようとします。先延ばししようとします。
第四段階「抑鬱」 神との取引が成立せず、自分は死ぬしかないのだと、
抑うつという状態になります。
「愛する人たちと別れなければならない」死の準備的抑うつと
病気への反応的な抑うつがあります。
第五段階「受容」 ここまでくると、死を受け入れた平安な気持ちになります。
これは精神科医のキューブラー=ロス博士が発表した「死ぬ瞬間」という本の中で発表した有名な死の受容のプロセスですが、それだけではなく、他の喪失体験や、変化への対応にもあてはまると言われています。
みんながこのとうりではなくて、行きつ戻りつする人も、いくつかの段階をすっ飛ばして体験する方もいるそうです。
母の葬儀の時お世話になった葬儀会社の方が、「葬儀の時は親族で大喧嘩されることが多い」と言われてたので、思い出しました。病気で亡くなる方だけではなく、それを見送る家族、親族達もまた混乱の中にいて、現実を受け入れられず沸き起こる「怒り」を、ぶつけてしまってるのかもしれない。
うちのダンナが亡くなった時も、駆け付けてくれたものの、会社の方に当たり散らして困った親戚がいました((((;゚Д゚)))))
どうも、急死したのは会社が激務をさせたからだと思い込んだようですが、 手伝ってくださってたのは、みなさん仲良かった同僚ばかりで、申し訳なくて参りました。。。
私自身は、それまでは打たれ強い性格だったのに、ちょっと失敗しただけで「お前が死んだらよかったのに!」という声が自分のなかから聞こえてきて長いこと苦しみました(°_°)今考えると、多分4段階の抗鬱状態が続いてたんだろうと思います。
母も急に食べられなくなってきた事に対しては、「何故私がこんな目に・・・」とは思ったようですが、仕事柄亡くなる人と接することが多かったせいか、かなり淡々と受容していたように思います。やっぱりたいしたもんやわ、おかーちゃん(^∇^)
第一段階「否認」 「これは何かの間違いに違いない」
「自分に限ってこんなことが起こるはずがない」
否定することで、自分を守ろうとします。
予期せぬショックな事態に、衝撃をまともに
受けないために否認という心理状態になります。
第二段階「怒り」 「なぜ私がこんな目に合うのだ!」
「一体、自分が何をしたというんだ!」
「死」という現実を認めざるを得なくなると
怒りが沸き起こり、周囲への八つ当たりなどが出ることもあります
第三段階「取引」 「なんとか良い人間になるから助けて下さい」
「何でもするから、死は避けたい」
十分な怒りを体験すると、何か(例えば神)と
取引しようとします。先延ばししようとします。
第四段階「抑鬱」 神との取引が成立せず、自分は死ぬしかないのだと、
抑うつという状態になります。
「愛する人たちと別れなければならない」死の準備的抑うつと
病気への反応的な抑うつがあります。
第五段階「受容」 ここまでくると、死を受け入れた平安な気持ちになります。
これは精神科医のキューブラー=ロス博士が発表した「死ぬ瞬間」という本の中で発表した有名な死の受容のプロセスですが、それだけではなく、他の喪失体験や、変化への対応にもあてはまると言われています。
みんながこのとうりではなくて、行きつ戻りつする人も、いくつかの段階をすっ飛ばして体験する方もいるそうです。
母の葬儀の時お世話になった葬儀会社の方が、「葬儀の時は親族で大喧嘩されることが多い」と言われてたので、思い出しました。病気で亡くなる方だけではなく、それを見送る家族、親族達もまた混乱の中にいて、現実を受け入れられず沸き起こる「怒り」を、ぶつけてしまってるのかもしれない。
うちのダンナが亡くなった時も、駆け付けてくれたものの、会社の方に当たり散らして困った親戚がいました((((;゚Д゚)))))
どうも、急死したのは会社が激務をさせたからだと思い込んだようですが、 手伝ってくださってたのは、みなさん仲良かった同僚ばかりで、申し訳なくて参りました。。。
私自身は、それまでは打たれ強い性格だったのに、ちょっと失敗しただけで「お前が死んだらよかったのに!」という声が自分のなかから聞こえてきて長いこと苦しみました(°_°)今考えると、多分4段階の抗鬱状態が続いてたんだろうと思います。
母も急に食べられなくなってきた事に対しては、「何故私がこんな目に・・・」とは思ったようですが、仕事柄亡くなる人と接することが多かったせいか、かなり淡々と受容していたように思います。やっぱりたいしたもんやわ、おかーちゃん(^∇^)
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