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空を見上げながら・・・晴れの日も雨の日も

今日も必ず「その日の天使」がやってくる・・・

のんびりしたお正月に箱根駅伝を見る


      
       明けましておめでとうございます

       令和2年、今年もどうぞよろしくお願いいたします



       餅

年末にゴーン被告がレバノンにgoneしちゃっいましたが(笑)それ以外は比較的大きな事件も無かったし、私はのんびりした新年を過ごしました。
昨日今日と箱根駅伝を見ましが、昔からなんでこんな過酷なコースで始めることにしたんだろう?って思ってましたが、ドラマの「いだてん」で、金栗四三が開催に関わってたことを知って妙に納得してしまいました(´∀`*)

明治時代に日本代表で初めてストックホルムオリンピックに出た金栗四三と三島弥彦のエピソードや、天狗倶楽部なんてのがあった事、なにより柔道家の狩野治五郎という人が東洋初のIOC委員になっていて、世界的に尊敬されてたことなんて全然知らなかったので、面白かったな。四三氏の武骨さに中村勘九郎さんがはまってたし、田畑政治役の阿部サダヲの熱演ぶりも凄かったし(〃▽〃)私は楽しんで見てました。

明治時代のオリンピックは選手のコンディションなんてまったく考慮されてなく、現地の情報も知らされず自分で必死で渡航費用を集めて、20日もかけてシベリアから現地入りした四三氏は、40℃を超える温度の中疲れたまま走り出し、熱射病で倒れて、近くの農家で介抱されていて、気がついた時にはもう競技が終わってたんですよねマラソン中消えた日本人の話は地元のスウェーデンではしばらく語り草になったらしいです。

1967年、スウェーデンでオリンピック55周年の式典があった時、「競技中失踪」の扱いのままだったことに気がついた委員会が四三氏を招待して、会場を一周させゴールさせることにして「54年8カ月6日5時間32分20秒3、これをもって第五回ストックホルムオリンピック大会の全日程を終了します」とアナウンスするという粋な計らいがあったそうです素敵ですね!

最終回で、ストックホルムで半世紀ぶりにオリンピックのテープを切った金栗四三さんの実際の映像が流れたのも泣けました。

四三氏は、自身が三回オリンピックに出られたものの、充分な結果が残せなかったことで当時かなり叩かれてます。その後はスポーツの人材を育てることに心血を注がれたので、過酷な箱根駅伝もその一環だったのでしょうね。


で、今年はオリンピックイヤー!私の願望としては、開会式の最終聖火ランナーはオリンピックの草分けである四三役やらはった中村勘九郎さんに役の恰好で走って頂きたいんですけどね。結果的に、ドラマは視聴率が悪いまま終わったので無理やろうなぁ。。。

脚本が宮藤官九郎でテンポがめちゃ速いし、役者のスキャンダルも重なったし、裏でやってた「ほつんと一軒家」が凄い人気番組になったりで、つくづく運がなかった感じで盛り上がらず、残念無念なんですよね(゚´Д`゚)゚。

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